「小江戸川越」とは、埼玉県川越市にある歴史的な町並みや文化を指す愛称です。

 小江戸川越一番街商店街 蔵造りの町並み
 埼玉県川越市幸町

 「世に小京都は数あれど小江戸は川越ばかりなり」と、江戸時代から謳われました。
 現在は、蔵造りの町並み、時の鐘、菓子屋横丁など、歴史的景観が見られます。
 このことが観光資源となり、「小江戸川越」というブランド名でPRにも使われています。
 川越は江戸時代に、江戸の北側を支える商業・物流の拠点として栄えました。
 神社仏閣が多いことも、川越の特徴の1つです。
 川越市は、現在、人口約35万3千人、広さ109.1 km²で、都心から30km圏内に位置しています。
 1922年に埼玉県で最初の市制を施行し、2022年に100周年を迎えました。
 古くから、産業、経済、文化、観光などの中核都市として発展してきました。
 小江戸という言葉は、小さな江戸という意味で付けられています。
 つまり、江戸のように栄えた町や江戸時代を感じさせる町といった意味合いです。
 小江戸という言葉がクローズアップされたのは、1996年開催の「小江戸サミット」がきっかけです。
 事例として、川越(埼玉県)、佐原(千葉県)、栃木(栃木県)などが挙げられます。
 川越は、新河岸川を使って舟で米や野菜などの食料を運ぶ重要な場所でした。
 代々、譜代大名が赴任して、江戸の祭りや文化を持ち帰ったことで発展しました。
 現在でもその文化を残していて、現代の小江戸と呼ばれる街並みが広がっています。
 徳川将軍家や江戸と関わりが深く、初代・徳川家康と2代・秀忠は鷹狩りで川越に出遊した記録です。
 古く、鎌倉幕府の有力御家人であった河越氏と江戸氏は同族です。
 室町時代に、太田道灌が川越城と江戸城を築城しました。
 川越と江戸を川越街道で結ぶなど、古来から武蔵国内で特殊な関係にあったのです。
 川越藩の初代藩主は酒井重忠で、ほかに松平信綱や柳沢吉保などの重臣が藩主でした。
 
 第3代藩主の酒井忠勝のとき、多賀町(いまの幸町)の現在の場所に時の鐘が建てられました。
 高さは約16mあり、街並みの中でひときわ目立つ存在です。
 時の鐘は、暮らしに欠かせない、江戸時代初頭から城下の町に時を告げてきました。
 度重なる火災で鐘楼が焼失し、現在の鐘楼は1893年の川越大火の翌年に再建された4代目です。
 6時・12時・15時・18時の1日4回、街中に鐘の音が響き渡ります。
 この鐘は、1996年に、環境省主催「残したい日本の音風景100選」にも選ばれています。
 川越大火で街の3 分の1 が焼失しましたが、蔵造りの建物だけは焼け残りました。
 1999年には、重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
 江戸の情緒を今に残していて、明治・大正・昭和・平成の4つの時代を体験できます。
 歴史的建造物や文化財、四季折々の自然、美味しいグルメ、可愛いカフェなど、いろいろ揃っています。
 アクセスは、JR東日本または東武鉄道川越駅から東武バス乗車し川越氷川神社下車すぐです。
 自動車なら、関越自動車道川越ICから約30分です。

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