足尾銅山は、栃木県上都賀郡足尾町にあった銅の鉱山です。
足尾銅山観光
栃木県日光市足尾町通洞9−2
現在の日光市足尾地区にあり、古河鉱業(現、古河機械金属)株式会社が所有していました。
1905年以後の名称は、古河鉱業株式会社足尾鉱業所でした。
1973年に閉山された後、坑内の一部が開放され展示されています。
採鉱・選鉱・製錬の一連の工程を示す施設や、生活・経営その他に関わる諸施設・遺構などです。
トロッコ電車に乗って、全長約460メートルの薄暗い坑道に入っていきます。
見えてくるのは、年代ごとにリアルな人形で再現された、当時の辛く厳しい鉱石採掘の様子です。
銅資料館では、鉱石から銅になるまでの過程などが展示されていいます。
足尾銅山は、1550年ころに発見されたと伝えられます。
本格的な経営は1610年ころからで、1648年からは幕府の御用銅山となりました。
下野国足尾では、江戸時代に寛永通宝の一種の足字銭が鋳造されていました。
足字銭は、銭貨の裏側に足の文字が刻印されているのが特徴です。
鋳銭座(ぜにざ)は銭貨の鋳造と発行を担った機関で、請負人が幕府に上納した役鋳銭座割を学ぶことができます。
1871年に民間に払い下げられ、1877年に古河市兵衛が買収して経営に着手しました。
1883年に本山坑を整備し、1885年に小滝坑、1886年に通洞坑を開口し、銅山経営の基礎となりました。
明治時代には、銅だけでなく亜砒酸も産出し、精錬の副産物として硫酸も生産していたとのことです。
20世紀初頭には、日本の銅産出量の4分の1を担う大鉱山に成長しました。
日本初の公害事件とされる、足尾鉱毒事件が起きたことでも知られています。
足尾鉱毒事件は、明治時代初期から栃木県と群馬県の渡良瀬川周辺で起きた、日本初の公害事件です。
足尾銅山の精錬所から出た排煙、鉱毒ガス、鉱毒水などの有害物質が周辺環境に著しい影響をもたらた事件です。
足尾の精錬所は1980年代まで稼働し続けましたが、現在は鉱山は廃止されました。
2008年に、基幹坑道である通洞坑と火薬類を貯蔵した宇都野火薬庫跡が 足尾銅山跡として国の史跡に指定されています。
2025年8月8日に、当時の面影を残す旧足尾鉱業所の復元施設がオープンしました。
足尾の光と陰、先達の築き上げた歴史の展示、様々な文化の発信や環境教育などの研修の場として活用されています。
見学者はトロッコに乗車して坑道内へ入り、坑道内150メートル奥で降車し、そこから約300メートルの見学は徒歩です。
年中無休ですが、休園の際はホームページで告知されます。
営業時間は午前9時~午後5時で、最終入場は午後4時15分です。
ペットの入場は出来ませんので、注意してください。
アクセスは、わたらせ渓谷鐵道わたらせ渓谷線通洞駅から徒歩約5分です。
自動車では、日光宇都宮道路清滝ICより約25分です。
250712 足尾銅山へ行ってきました。(外部リンク)
【日本一の銅山⁉︎】足尾銅山の歴史と今(外部リンク)